【感想】「食べれません」無意味の哲学、日常の違和感を愛でる脱力系ギャグの決定版

『食べれません』は、漫画家・風間やんわり先生による、「脱力系シュールギャグ」の代表作です。主に4コマ形式で描かれる本作は、「ブリーフ一丁の覆面男」「坊主頭の大学生」「世界征服を企む貧乏な悪者」など、設定のギャップが際立つ個性的なキャラクターたちが登場し、彼らの「ごく普通の日常の小さな出来事」に一喜一憂する様を描き出します。

私たちは、作中に流れる「どうでもいいことを大真面目に考える」空気感に触れることで、日々の緊張から解放されます。

あらすじ：板橋区赤塚に息づく、無意味で愛おしい人々

物語に明確なストーリーラインはありません。舞台は主に、東京都板橋区赤塚周辺と思しき、ごくありふれた日常空間。そこに登場するのは、どこか「下ぶくれ」で「えびす様」のように頬が垂れた独特の絵柄のキャラクターたちです。

にーのと金井: 貧乏アパートで暮らす坊主頭の青年コンビ。彼らの会話のテーマは、電気代、家賃、そしてどうでもいい人生の考察。
だべとだば: ブリーフ一丁の覆面姿。その語尾や額の「９」の文字以外に、特に何者でもない二人組。
博士と助手: 科学力は高いが、作る発明品はたいてい役に立たないか、用途不明。

彼らは、極めて真面目な顔で、人生の根幹を揺るがすほどの「無意味な問題」に直面します。そのギャップこそが、読者に「クスッ」という静かな笑いをもたらすのです。

『食べれません』が現代人に響く3つの「受容の哲学」

1. 日常の「違和感」を愛でる：常識からの解放

本作の最大の魅力は、現実社会で誰もが感じつつも、意識的に無視している「日常の違和感」を、そのまま作品世界に持ち込み、それを「受容」してしまう点にあります。

設定のギャップ: 世界征服を企む悪者が、なぜか貧乏アパートに住んでいる。タクシードライバーが、客の指示一つで「邪馬台国」まで連れて行ってしまう。
哲学的な脱力: これらの「ありえない設定」に対して、誰もツッコミを入れたり、疑問を持ったりしません。この徹底した「無関心」こそが、「常識とは相対的なものだ」「人生は違和感に満ちている」という、一種の禅問答のような深い脱力感を生み出します。

2. 「どうでもいいこと」への執着：労働からの逃避

主人公たちが熱中するのは、ほとんどが「人生において何も影響与えない小さな問題」です。

永遠の暇: アパートで何時間も喋り続けるにーのと金井、季節外れに慌ただしくなるサンタクロース。彼らは、現代人が常に抱える「生産性」「効率性」といった概念から完全に自由です。
共感と癒し: 仕事や勉強に追われる現代人にとって、彼らが繰り広げる「無為な時間」は、最高の逃避空間を提供します。「人生の価値は、必ずしも結果や生産性にあるわけではない」という、この作品特有のメッセージが、疲れた心を静かに癒してくれるのです。

3. 「ゆるさ」の中に潜む「人間臭さ」と「哀愁」

絵柄やトーンはゆるやかですが、作品の根底には、人生の「哀愁」と、キャラクターたちの「愛おしいほどの人間臭さ」が流れています。

パピポのストーリー: 宇宙人のパピポがガンで死ぬというエピソードに見られるように、この作品はときにシリアスなテーマを扱い、読者を驚かせます。しかし、その死も、太郎の暴力的な死とは異なり、静かに「受容」されます。
下ぶくれの表情: 常に頬が垂れたキャラクターたちは、どこか諦めと達観を体現しています。彼らは、人生の理不尽や寂しさを知った上で、なお「この日常を愛する」ことを選んでいるように見えます。この「ゆるいのに深い」二重構造が、読者に深い共感と安心感を与えるのです。